東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)142号・昭48年(行タ)3号 判決
原告 増田甲子七
被告 長野県選挙管理委員会
参加人 下平正一
〔抄 録〕
一 原告の本訴は、公職選挙候補者の有効得票数の計算に誤りがあり、その結果当選人の決定に誤りを生じたことを理由とする当選無効請求の訴である。当選が無効であるためには、1 公職選挙候補者の有効得票数の計算に誤りがあること、2 その結果当選人の決定に誤りを生じたことの二要件が備わっていることが必要である。1の事実は、たとえば、イ X村に存在する乙候補の有効投票を五〇票宛束ねて計算するに際し誤ってその一束に六〇票を束ね、これをも五〇票として取扱って有効投票数を算出したこと、ロ 乙候補の氏名を記載した投票一票を誤って丙候補の有効投票の束の中に混入させ、これに気付かずに乙丙それぞれの有効投票数を算出したこと、ハ 甲候補の氏名の左側に「頑張れ」と記載した投票一票を誤って有効投票として甲候補の得票に算入したこと等の一個または数個の事実から、イについては計数上乙の有効得票数にマイナス一〇の誤差を推断すべく、ロについては乙の有効得票数にマイナス一の誤差を推断すべく、ハについては公職選挙法六八条五号本文の「他事を記載したもの」に該るとして甲の有効投票数にプラス一の誤差を推断すべく、もっとも同法六八条各号の無効事由は数個が一票につき競合しても誤差は一票に止まり、投票意思が不明なことも無効事由に準じて取り扱うべきであり、また、同一の票の記載が同法六八条各号の無効事由、投票意思の不明のうちあるものに該当しないことは他のものに該当しないことを意味しないから直ちにこれを有効とせず、当該票につき競合するすべての無効事由、投票意思の不分明が否定されてはじめて前掲ハの投票を甲の有効投票数にプラス一の誤差と取り扱うべきことを考えあわせて、甲、乙各候補の有効得票数に綜合的な誤差が甲についてはたとえばプラス何票、乙についてはたとえばマイナス何票あることを推断すべきである。他方2の事実は、たとえば、イ 同一選挙区の公職選挙候補者甲に対する有効投票数は同乙に対する有効投票数よりA票上廻るとして甲を最下位当選人、乙を次点としたこと、ロ 甲の有効得票数にはプラスB票、乙のそれにはマイナスC票の誤差がありBプラスCはAより計数上大であるから、この誤差を修正すれば乙が最下位当選人、甲が次点となるという事実から推論される。これに対して、はたとえば、イ′ Y村に存在する甲候補の五五票一束を五〇票束と誤って有効投票数を算出したこと、ロ′ 記載が判読不能のため本来無効とすべき投票一票を乙候補の有効投票としてその有効投票数を算出したこと、ハ′ 脱字はあるが甲候補の氏名を記載した投票として有効と判定すべき票を無効投票として甲候補の有効投票に算入しなかったこと等の事実がイ、ロ、ハの事実から1の事実への推断を妨げるために主張され、さらにこれが推断の妨げとなることを封ずるため、たとえばハ′の投票にはこれを無効ならしめる有意の他事記載があるというハ″の事実の主張がなされることもあろう。しかしイ、ロ、ハ、イ′、ロ′、ハ′、ハ″のような事実はいずれも間接事実に過ぎないから、裁判所は当事者の陳述がなくてもこれを採用することができ、この点に関する自白があれば証拠がなくてもこれを認定でき、右自白によって拘束されることがなく、主要事実の不存在につき判断をなすに熟するときは、その他の事実の存否についての判断を省略して判決することを妨げない。もっとも、当事者は、これらの間接事実によって主要事実を具体化しなければその同一性を明確にできず、間接事実と票との関係を明らかにしなければ、間接事実と主要事実との関連を明確にし、有効得票数の誤差を明らかにすることを期待し難い。<中略>
思うに、投票は選挙人が成規の用紙に当該選挙の公職の候補者一人の氏名を自書してする(公職選挙法四六条)ものであるが、投票の無効原因を定めた同法六八条五号にいう「他事を記載したもの」とは、一方同条号を同条四号と対照すれば被選挙権を有する公職の候補者である被選挙人の何びとであるかを明確ならしめる氏名、職業、身分、住所などの表示及び常識上他人の氏名に付することを通常とする敬称以外の記載を指し、他方同条五号を同法四六条二項と綜合すれば符号、暗号等これによってその投票をなした選挙人の何びとであるかを推知せしめる意識的な記載であると解すべきであるから、誤字、書損、余画、余り字、これらの抹消、不完全記載、判読不能の記載、句読点等は他事記載ではなく、無意識になされた記載、誤ってなされた記載、その他これによってその投票をなした選挙人の何びとであるかを推知せしめる意識的な記載であることの明白でない記載は意識的な他事記載ではなく、いずれも公職選挙法六八条五号にいう「他事を記載したもの」すなわち有意の他事記載に該当しないものであると解するのが相当である。<中略>
A259の第六ないし第八字は、「し」を一と記載され、しをの右側に傍線が施されている。この傍線は、その位置とA259の第一字及び第六字がいずれも「し」というしの古い字体で書かれていること、及び古くは「ばしょう」を「ばせを」と長音を「う」を用いないで表記していたことをあわせ考えれば、しようと書くべきところを「う」を用いず、「しを」と書いたので、二母音ではなく一母音であることを表わすため、傍線を付してしをを一括したものであると認められ、他事記載であるとは認められない。<中略>
A331の第一字「下」の上方の記載は、その形状が円として整っていないこと、これに続く「下ダイラ」の記載が濁点を一点欠く稚拙な書法で記載されていること、を考慮に加えても、位置、形状、濃く記載されていること及び下の字がしっかり書かれていることからみて、意識的に他事を記載したものであると認められ、書き損じとも認められないから、A331は有意の他事記載があるものとして無効である。<中略>
A299、A340には、いずれも「下原正一」と記載されていることが認められ、第二字「原」と参加人の氏の第二字平とはその字訓がハラとヒラとで二音節中一音節が共通であるだけではなく、残る一音節も母音を異にするだけであり同じハ行で子音を共通にし類似しているので、原は平の誤字または誤記憶による記載であると認めるのが相当であり、第一字「下」、第三字「正」、第四字「一」と相まって参加人に対する投票意思を確認することができ、同人に対する投票意思を確認できないとはいえない。原の字形が平に近似せず、平より難しくても前認定の妨げとなるとはいえない。
(吉岡 園部秀 兼子)